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西原望17歳。 家族構成:両親、姉、自分の4人家族。 最近の悩み:夢に変な女が出てくること。 夢を渡る 「望、お前最近やつれてね?」 学校の帰り道、自転車をこぐ今坂、小学校の時からの友達に言われて、 同じく自転車をこぎながら、俺は息を吐いた。 「ちょっとな・・・」 「なに?もしかして女?あーあ。この俺がいるってのに、のぞみちゃんは何やらかして・・・」 「いやキモイから。普通に止めて」 友人の戯言をザックリ切った。 『のぞみ』と呼ばれて嫌がることを、長年つるんでいる今坂は、もちろん知っている。 「それから・・・のぞみって呼ぶな。俺はのぞむだ。もう何も話さないからな」 「ええええ!?ちょっとした冗談だろ?怒るなって、望」 やつれてると指摘した割りにはお気軽な今坂。 ――お前のおちゃらけが羨ましいよ・・・―― 「気にすんな。ちょっと色々あったんだ。心配ありがとな」 「お前がそう言うなら深くつっこまねぇけど・・・・何かあったら言えよ!また明日な!」 「おう!」 曲がり角で今坂と別れ、俺は自宅へと向かう。 とりあえず、今は一刻も早く家に帰って横になりたい。寝るのではなく、体を休めたかった。 「やっぱり来てくれたのね」 「うわッ!お・・お前!?」 突然現れた薄緑の着物姿の女に、俺は思わず声を上げた。 「お前何で・・・って・・・寝ちまったのか俺・・・」 自分の根性のなさに頭を抱える。 学校から帰ってきてすぐ横になったのは良いものの、寝まいと頑張っていたのだが―――― それは無駄な努力だったようだ。 というのも。 俺には『誰かの過去を夢に見る』という意味の分からないことが出来る。 初めて見たのは幼稚園の年少時代、本気で惚れていた先生の過去だった。 若く綺麗な先生がまだ幼い頃―――あれは多分小学生だったのだろう―――実家が全焼に見舞われるという何とも不幸な場面を見た。 それは恐ろしくて確かめず終いなのだが、その次に見た今坂の5回の転校、付き合った女の子のピアノの発表会、テレビで可愛いと思ったアイドルのオーディション、報道された犯人の幸せな家族風景―――― 最初は変な夢で終わらせていたのだが、試しに今坂に5回転校したかと聞いてみると、あいつは驚きながら首を縦に振った。 確かめたのはその一回だけだが、回を重ねるたびに、それは確信になった。 俺の心を動かした者の過去を、俺は見てしまうのだ。 幼稚園の先生にしろ、今坂にしろ、犯人にしろ、共通点は俺にある。 ついに先日、5つ離れた姉貴に変な夢を見ることはあるかと尋ねたら、夢自体あまり覚えてないと返された。 これは俺だけに出来ることらしい。 だが決して良いことばかりではない。目覚めの悪い夢の方が多いほどだ。 だがここ3年ほどで、ある程度はコントロールができるようになった。 おかげで、最近は夢を見ることなくぐっすり眠れていたのだが・・・・ ある日突然、全く身に覚えのない女が現れた。 年のころにして同じくらいか、あるいは少し上か。 いつも和装しているため、やはり誰かの過去に関係あるのだろう。 名前を度々尋ねたのだが、毎回忘れたの一点張り。 その女は、俺の意思とは全く関係なく現れる。 一日中家にいても、前日学校へ行った時と何ら変わりなく連日のように現れるのだ。 ここ1週間ほどこの女の顔を見ない夜はない。 どんなに見ないようにコントロールしていても、 眠りにおちると出てくる。 それ故、今日は絶対に寝ないで体を休めようとしたのだが――――それは失敗に終わったようだ。 ハエ以上にうざい存在となりつつある女に、頭を抱えたまま、俺が言った。 「なに?俺に恨みとかあるの?」 「酷いこと言うのね・・・私はただ、つまらないから構って欲しいだけなの」 少し高い声でゆっくりと話すそのトロさに加え、しつこく俺に付きまとう。 この女が出てくる夢は、俺の見る普通の夢とは異なっていた。 俺が見る夢では―――その時々にもよるが―――決してこちらから ちょっかいを出すことが出来ない。 触れられなければ声も届かず、俺という人間は全く存在していないようだった。 だが、この女の前だけは、俺は話せるし、腕を組もうとしてきた女を払いのけることも出来る。 おそらく、この女のせいだと思うのだが――――うざいものはうざい。 近寄って手をつなごうとする女の肩を押し返す。 性懲りもなく、女は手を伸ばしながら言った。 「私ね、ずっと心臓を患っているの」 ―――!?――― 初めて聞いた話に、俺の手の力が緩んだ。 勢いを失わず、ぱふっと俺の胸に入る女。 「毎日家の中にいるのよ。友達もいなければ、この歳で嫁になることできない」 「この歳って・・・二十歳前だろ?」 「嫁になるには充分な歳よ」 自嘲めいた笑い。力のない笑いだった。 「この時代の薬じゃ無理なの・・・私は・・・助からない・・」 胸の中で、小さくつぶやいた声を最後に、俺の意識は暗転した。 ゆっくり目を開ける。 頭に思い浮かぶ、女の俯いた顔。 ――心臓を・・・患った?―― 1週間顔を合わせていたが、そんな話を聞いたのは初めてだった。 妙に目覚めが悪い。 だが、少し考えれば、あれは構って欲しいが為の嘘だったのかも知れない。 俺はさして気にしないことにした。 再び眠りに差し掛かれば、嫌でも何度でも顔を合わせることになるのだろう。 時計を見れば夕食が出来ている時間だ。 俺は部屋を出てダイニングに向かうと、夕食のいい匂いがしてきた。 テーブルの上には夕食が並べられており、俺は席についた。 「ちょうどぴったり。今起こしに行こうと思ったんだよ」 夕食を作る母の横で手伝っていた姉貴が、思い出したように付け加えた。 「あ、そうそう・・・・望、この前の夢の話なんだけど」 「それが?」 そもそも覚えていないと言った姉貴の話だ。 あまり耳を傾ける気にはならなかったのだが、予想外な言葉が出てきた。 「お父さんのお母さん・・・つまり父方のおばーちゃんがね、明晰夢の達人だったんだって」 「めーせきむ?」 思いっきり眉を潜めた俺に、母さんが付け加えるように言った。 「これは夢だって分かって、ある程度自由に操作できる夢のこと」 「ふーん・・・」 俺の場合は違うよな、と考えていると、姉貴はまだ続けていた。 「それでね、そのうち未来が夢で見えるようになったらしいよ」 「・・・・・は!?」 何かとんでもないことが聞こえて、俺は夕食から目をそらした。 「未来が・・なに?」 「未来が見えたんだって。ホントかなぁ?」 聞かなくても分かる。100%嘘だと決めている姉貴の言い方に少々カチンと来たが、疑っているのは俺も同じだ。 「・・・・母さん、親父はその事知ってる?」 「お父さんから聞いたのよ。あの人自身も、未だに信じられないみたいだけど。 まぁ・・・大正生まれの方だから、本当かどうかはわからないのが正直な所みたい」 「お父さんにもそういうこと出来たりして!」 「残念だけど、出来た試しがないって言ってたわよ」 母さんと姉貴のやり取りを聞いて、俺は見たことも会ったこともないばーちゃんを想像した。 俺の夢の力は、おそらくばーちゃんから受け継がれている。 「母さん、ばーちゃんの連絡先分かる?」 顔色を変えて言ったからなのか、驚いたような母さん。 しばし迷った挙句、母さんは静かに口を開けた。 「お義母さんは・・・亡くなられてるのよ。お父さんを生んですぐ――――心臓のご病気で」 「心臓の・・・!?」 夢で未来を見る力、大正時代の生まれ、心臓病―――――― 知っている気がする。 確信はないが、嫌な予感は消えなかった。 「ごちそうさま!」 箸を置いて席を立ちそのまま部屋へと戻る。 歯を磨いていないが、気にしている場合ではなかった。 ベッドに直行し、布団を頭にかぶった。 眠気はなかったが、俺は不思議と、暗闇に吸い込まれていくような感覚を味わった。 そしてそのまま、夢の世界へ行くことが出来た。 「やっぱり、来てくれた」 つい先ほどとは違い、品のある黄土色の着物、群青の帯に紫の肩掛けに身を包み、女は俺を迎えた。 思い返せば、女が俺の前に現れた時は、いつもこの言葉を言っていた。 「何でずっと名前を教えてくれなかったんだ?」 「ここに来るといつも忘れるの。多分、それを私が望んでいたから」 ゆるりと笑った女。 いつもとは違い、とても静かだった。 「身体の弱い私が嫌いなの。でも、あなたと話すのはとても楽しくて」 「俺に―――――助けを求めたのか?」 「それは違うわ。だから、あなたが苦しむことなんてないのよ」 ゆっくりと歩み寄る女。 そっと伸ばした手が、俺の頬に触れた。 「助けなんて乞うてない。私の死は絶対だから」 「―――っ!」 一瞬息を呑んだ俺に、女が続けた。 「あなたはもう知っているのね。私が誰で、何故あなたの前に現れたのか」 「理由までは知らない。俺はアンタが心―――――」 「いけない。ちゃんと話すから、皆まで言わないで」 俺の唇を塞ぐように伸ばされた手を、俺がやんわりと包んだ。 目を閉じて女は息を吐いた。 それはまるで、何かを決心するかのように。 「私は未来を夢に見る力を持っているの。色々な人の未来を見たわ。 戦争で亡くなってしまう人もいたけれど、未来はとても明るいものだった。 平和が約束されて、大抵の人は不自由なく暮らしている。 お医者様だって進歩して、病気に負けずに生きて・・・・」 震える声。 頬に流れた涙を、俺が指で拭き取った。 目を開けて、俺を見る女。 「そんな時代の中で、あなたが生まれるのね。分かってるわ。大丈夫よ」 違う、俺はアンタの息子じゃない、と反論しかけた唇を、またしても指で抑えられた。 「私があなたの前に現れたのは、単なる偶然だったの」 「偶然・・?」 「何度も見た私の最期が近づくにつれて、私はもっと生きたいと願うようになったわ。 仮に私の後を継ぐような人がいるなら、と考えたの。それは私の子供よ。 だけど、夢で自分の子供に出会えなかったら、私は誰かと結ばれることなく死んでいくのだと認めざるを得なくなる。 それが怖くて、ずっと見れずにいたの。 でも、自分の身体に限界が来たのを悟って、私は自分の子供に逢いに行くことを決めたわ」 握ったままの女の手が、ゆっくりと指を絡ませていく。 「私は不安を断ち切れなかったのね。結局、子供には逢えなかった」 繋がれた手。女の手に、力が入る。 「諦めたその時、夢に堕ちるあなたが見えたの」 「過去を見る俺と、未来を見るばーちゃん・・・・2人の現在を、双方が見てるのか・・!」 だから触れられる。だから言葉が交わせるのだろう。 それを確かめるかのように、手に力を込めた。 「そう。あなたに未来を見る力があったら、私たちは出逢えていなかったはずよ。 そして分かったの。私は子供を産んでから死ぬの」 「ばーちゃん!」 こんなに若くして死を決意するなど、重すぎる。 言葉より早く抱きしめた身体は、細く、力を入れれば折れてしまいそうだった。 「や・・やめて、その呼び方。名前を教えるから」 俺のばーちゃんに代わりはないのだが、その歳で呼ばれるのは微妙な気持ちになるらしい。 ぐっと背伸びをして、俺の耳元で小さくささやいた。 「トミ子よ。麻田トミ子」 「俺は西原望」 「まぁ、いい名前ね。西原さんという人が現れるのを、心強く待ってるわ」 ぐっと鈍る視界。 目覚めが近いのだろう。 起きるものか、と意識する俺に、ばーちゃんが首を振った。 「もう良いの。これで充分。私も戻って、西原さんを待たなくちゃ」 「ばーちゃん・・・!」 「トミ子よ」 身体を離し、少しムッとするばーちゃん。 俺は少し考えて言った。 「いくら若くても、俺のばーちゃんだってことは同じだろ。 それに、その名前は俺が呼んで良い名前じゃない。じーちゃんに呼ばれる名だ」 「そうね・・・・あなたの言う通りだわ。 ――――――ありがとう。望」 今まで見た中で一番綺麗な笑顔を浮かべて、ばーちゃんは俺の夢から姿を消した。 残りの命を、少しでも長くその時代で生きると決めたのだろう。 俺は一人、ばーちゃんの温もりがなくなった手を、じっと見ていた。 数日後、親父に協力してもらってばーちゃんの写真を家中探した。 殆どが戦中に死んだじーちゃんが持っていたため、親父が持っている写真はないと言われたが、 遺留品を漁ると、古い写真が一枚だけで出てきた。 それは西原――――つまりじーちゃんとお見合い結婚した時の写真で、着物、帯に肩掛けをまとったばーちゃんが写っていた。 白黒写真で色までは分からないが、それは紛れもなく、最後に俺の前に現れたばーちゃんの着物だった。 綺麗な一張羅で、ばーちゃんはあれで最後にしようと決めていたのだと、 今更になって胸に込み上げるものがあった。 ―――全然気づかなかったな・・・―― それを抑えながら写真を見ると、じーちゃんの横に写ったばーちゃんの笑みは少し緊張した面持ちで、 俺の前で浮かべた微笑みの方が何倍も綺麗だった。 「どうせなら・・・あの笑顔で写れよ・・」 憂いの晴れた笑みは、俺の中に残っている。 未来と過去の狭間で出逢った、不思議な女の幸せそうな顔が。 スランプ打開作、だと思う(笑) 望は運命を変えられなかったけど、トミ子の心を救うことは出来たよね。 そういう立場の人間って、実は結構大切なんじゃないかなぁ。 ちなみに、書き出し当初のタイトルは『未来と過去の狭間で』でした。 もうひとつちなみに、背景、タイトルの色づけは最後の(そして写真の)トミ子の和装の色です。 20061105 |