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シダナ王国の手前に広がる大きな砂漠。名はクラウ砂漠。 王国に入ろうとする他国軍を排除するため、当時の王が全ての木々を伐採し故意に作り上げた砂漠。 照らす太陽は辺りの空気をぐんぐん上昇させ、砂を舞い散らす風は熱風と化していた。 普段は誰も近づかない。近づく者はほぼ自殺志願者だろう。事実、クラウ砂漠には自殺志願者が後を絶たない。何を思って死にたくなるのかわからないが、死を望みそれを叶えようとする者は少なくないのだ。 それとはまた違う話になるが、今砂漠にあるふたつの影は、確実に死に近い所にいた。ひとつの影は女。 黒い短髪の長身で、袖なし服から伸びる腕はすらりと細く、一点の残しなくきれいな小麦色に焼けていた。 「おー迎えがきたよハスカ。死んだじーちゃんが見える」 声をあげたのはもうひとつの影だった。こちらは男。まるで飴のように透明感のある黄土色の長髪を、後ろでひとつに束ねていた。恐らくここの国の家系ではない。不思議なことに、髪の色は血筋を思わせる。 「黙って」 女―――ハスカは機嫌が非常に悪い。可能なら立ち上がって男の頭を殴りたかったが、ここ10分ほどハスカは黄色い砂の上に倒れたまま、顔をあげることすらままならなかった。脱水症状でくらくらする。頭が重い。おまけに視界の中まで回ってきて、ハスカは目を閉じた。いささか楽だ。 何がいけなかったのだろう。国を捨てる覚悟は強かった。だからこそ幼馴染みと共に国を出て砂漠の向こうを目指した。国を捨てる者は多くはないが、かつてのハスカの親も砂漠開拓のため姿を消した。彼らは戻ってこなかったが、だからといってハスカに恐怖はなかった。両親が信じた砂漠の向こうを何としてでも見たいと思ったのだ。最初はラクダに乗って国を出た。食料も長期分を積んだ。だが国を出て6日目、突然ラクダが熱病に侵され死んでしまった。砂漠に有効な足を無くした二人は仕方なく自分の足で進むことにした。ラクダの死から4日目で食料が底をつき、5日目つまり今、とうとう歩くことすら出来なくなり、砂漠の上に力なく倒れている。こんな風になるなんて誰が想像できただろう。本当なら砂漠を突き抜けて、新しい国や町で知らない物に目を光らせている頃だろうに。イライラが徐々に募り、同じく倒れたまま起き上がれない連れにハスカが八つ当たりをした。 「ケラは楽観的過ぎ。少しは危機感を持って」 「無理」 はっ、と笑ったつもりだったのだろうが、タッケラはゲホゲホと咳き込んだ。口の中がやたら乾く。喉が痛くなってきた。こうなったらどちらの意識が飛ぶのが早いか我慢競争みたいなものだ。ようやく咳の止まったタッケラがずりずりとハスカににじみ寄り横に並んだ。砂漠に倒れるふたつの影。遠くから水でも飲みながら見ている人にはさぞかし滑稽に映るのだろう。ハスカはぼんやりとそんなことを考えながら、自分の意識が段々落ちていくのを感じていた。その瞬間は近い。 「死は危ないこと?ハスカは死が嫌いだよね」 「好きなヤツがいる?」 「俺は好きだよ」 タッケラの言葉に耳を疑った。彼は幼い頃に両親を亡くしていて長年一人で生きてきた。仕事も生活も全て自分でやらなくてはいけなくなった。苦労や困難は輪をかけて増えた。その原因とも言える両親の死を、タッケラは好きだと言ったのだ。『受け入れられた』とは少しニュアンスが違う。 「だって死って綺麗じゃん。最期は何もなくなって終わるんだ」 「死を美化しないで。終わらせたくないものだってあるでしょ」 自ら死を望む者はバカだとハスカは心底思っている。続こうとする流れを死は呆気なく奪い去っていく。 目に見えない大きな恐怖が嫌だった。フェアじゃない。突然何もなくなるなんて。タッケラの言葉が頭を回る。そこで初めてハスカはヒヤリとした。まさかと息を飲む。そんな素振り、見た事がない。 「ケラ死にたいの?本当は逢いたかった?」 「・・・・さぁな」 ケホッと咳をしてタッケラは息を吐いた。自分でも情け無いと思う。でも自分の気持ちが分からない。小さい頃、2度と会えなくなった両親に逢うため知らずのうちに死を乞うていたのだろうか。静かに閉じたまぶたの裏に両親と幼い自分の影が映った。一人だけ残されたことを、いつの間にか恨んでいたのだろうか。今なら何の迷いもなく彼らの元へいける。どんなに願っても逢えないのなら自分から逢いに逝けばいい。ただ死を受け入れる時がきた。目を閉じて10も数えればきっと意識は暗転し、この最悪な状態から脱することが出来る。そうだというのに、何故コイツは逝かせてくれないのだろう。一緒に目を瞑り黙って10数えてくれないのだろう。 「逢いたくないワケがない・・か・・。でもケラは今まで生きてきた。何で?」 「生きることに理由は必要かい?」 言われてみればそうだ。ハスカは納得した。別に理由があるわけじゃない。何かになるため?誰かを救うため?この世界を構成する一部として生まれた瞬間から、生きて生まれからには生きなきゃいけない。そんな先走った使命感が人を支配している。だけど、とハスカは反旗をひるがえす。 「喉が乾くのは身体が生きようとしてんだ。弱っちいお前なんてどっか行っちゃえ」 あたしは生きるよと一言吐いて、ハスカはゆっくり起き上がり、四つん這いで砂の丘を登り始める。水分を含まないサラサラな砂が足を絡めて上手く前へは進めない。だけどハスカは止まらない。タッケラの横にいては死に近づくばかりだ。ハスカはまだ生きたかった。死ぬために国を出たんじゃない。目眩のする頭を賢明に前に向けただ砂をかく。砂の丘は小高く、上に登るのにとても時間がかかった。実際の所、何とか歩いてきた二人も、この丘を見た瞬間に気力を無くし砂の上に倒れたのだ。だけど今は違う。生き残るためにはこの丘の向こうにあるかもしれないもっと高い丘ですら超えなくてはならない。こんな丘で倒れるわけにはいかないのだ。 やっと丘の頂上に手を伸ばしハスカは顔を出した。向こうの景色を見るや否や慌てたのだろうか、砂に手をとられ、丘の上から向こう側に転がり落ちた。貧血と水分不足と目が回って、ハスカの頭は持ち上がらなかった。だけど見た。そしてハスカは声をあげた。 「ケラ!ケラ!!海だよ!!」 「いや・・俺もう・・意識飛ぶから・・」 ははは、と乾いた笑いを上げるタッケラ。ケラーケラーと壊れたように叫び続けるハスカの元へ向かうべく、身体を起こした。 思ったより長くなりました。ずっと頭の中にあった構図。蜃気楼ってオチはナシの方向で。 ハスカは先日、友達のダイレクトメールで名前が間違ってきたんだけど、という話から。 タッケラの本名はタズカラ。アラビア語でチケットって意味(本当はタズキラ) 深夜にやってるアラビア語会話番組を見てて発見、勝手に採用。名前は音で選びます。 20060731 |