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cardinal
カランカラン。軽い音を立てて、あたしは店のドアを開けた。 とりあえずの逃げ場所として、あたしたちは店を選んだ。 理由は至って簡単。 カーディナルはあたしのことをまだ知らない。 下手に町中を逃げ回るより、あたしの店で大人しくしていた方が良いと思ったのだ。 幸か不幸か、おとーさんはまだ帰っていない。 「ねぇ…何なのあの女の人!?」 窓の外から目を離し、ヒートはあたしの問いかけに答えた。 「てめぇが見たまんまの…危ない女だ」 「ただの危ない女じゃない。――――熾団のメンバーだよね?追いかけられてるの?何かあったの?」 「てめぇには関係ないだろ」 「関係なくても心配なの!被害届とか出した方が――――」 「深入りすんな!下手すると殺されるぞ!」 突き放すような言い方のヒート。 思わず言葉を切り、あたしは視線を下に落とした。 確かに―――あの女は本当にあたしを殺そうとした。 ディライトがあたしを押しのけ、ヒートが連れ出してくれなければ、多分今頃は生きてなかっただろう。 あの時、体が硬直した。大きな恐怖を感じた。 ―――――でも。 「じゃぁ…何でそう知ってて、2人はあそこにいたの?危険なのはそっちも同じでしょ!? ねぇヒート、教えて。名を知られていないあたしだからこそ、出来るコトがあるかもしれない」 真剣に言った言葉が通じたのか、ヒートはそれまでの勢いをなくし、口を閉ざした。 再び窓の外を見た彼に、あたしは静かに続けた。 「あたしだって、命が惜しい。あの人を怖いと思った。だけど、それ以上に、あたしは2人が心配なの」 出会いは最悪だったけど。 2人はちょっと謎の多い、普通の少年だ。 何か力になりたかった。 第一、このまま何もなかったかのように見過ごすなど、絶対に気がすまない。 すっかり意気をなくしたヒートは、小さく息をはくと、窓の外を見たまま口を開いた。 「熾団は元々、あんな集団じゃなかった…小さな窃盗しかしない…孤児の集りだった」 ――孤児の集まり…?―― 今の熾団とは随分違う。 「それが2年前…いきなり現れた男が、熾団を殺人集団に変えちまったんだ… それまでは、大事件になるようなことは何ひとつなかった」 「2人は…何で2人が追われてるの?」 ヒートはしばし沈黙し、あたしと目を合わせないまま言った。 「俺とディライトは、熾団の元メンバーだ。新しいトップが来てしばらくして、あそこを抜けた。 窃盗を生業として生きていた俺たちは、ひとつだけ、ある物を盗んで抜け出した」 そういえば、先ほどの鞭使いの女が、ブツという言葉を使っていた。 恐らくそのことだろう。 「盗んだのはひとつの武器。でも、あいつらはそれを許さなかった。 一度、俺たちはトップに殺されかけた」 「殺されかけた…?息を止めたって、あのカーディナルが…」 「そこも聞いてたのかよ…」 面倒くさそうに息を吐いたヒート。 どうやら、まだ隠してることはあるらしい。 「耳と関係があるの?」 「…さぁな。どっちにしてもてめぇには関係ないことだ」 ヒートの口から出る真実が、あたしにはすべてを理解することが出来なかった。 ただ少なくともわかることは、2人は命を追われているということ。 何の前触れもなく立ち上がったヒートを引きとめようと、声をかける。 「ディライトを助けるの?あたしも行く!相手が女一人なら、まだ何とかなるかもしれないし」 「…てめぇを巻き込むつもりはねぇ。着いて来んな」 「イヤ。絶対着いていく」 「バカ野郎!言ってることがわかんねぇのか!?」 「わかるワケないじゃん!!」 イラついたヒートの叱咤に、あたしは負けじと声を荒げた。 「あたしはもう巻き込まれてる!今更他人のフリしろなんて、明らかに矛盾してるじゃん!!」 「それは…!」 痛いところを突かれたヒートは、思わずあたしから視線を外した。 「あたしを巻き込みたくないなら、熾団の話だってするべきじゃなかった。 伝承を聞きにここへ来るべきじゃなかった。――――あの時、2人は何でここに来たの?」 砂浜での言葉をそのまま返され、完全に口をつぐんだヒート。 もう、彼は断れない。 「行こう。ディライトが待ってる」 あたしは愛用の長棒を持って、無言で歩き出したヒートの後に続いた。 再びやってきた砂浜。 しかし人の気配は全くと言っていいほどない。 ぐるりと辺りを見回すあたしに、ヒートの声が聞こえた。 「俺の言ったこと、覚えてるな?」 「覚えてる。危険だと思ったら、何が何でも逃げろ、でしょ?」 そうだ、と呟いたヒート。 でも、あたしにはそんなつもりは全然ない。 誰かが倒れているのを見捨てることなんか出来ない。 それが知り合いならなおさら。 「ヒート!」 突然後ろから声が上がった。 あたしのでも、もちろんヒートの声でもない。 これは――――探していた声! 「ディライト!」 駆け寄ればディライトには腕や足にかすり傷があるものの、大きなケガはしていないようだった。 あたしが一声をあげるより早く、ヒートが口を開けた。 「ヤツは?」 「正確に言えば見失った。海が光って―――消えた。でも大したことは出来ないはずだよ」 どこかで聞いたことのあるような話。 不思議と、今のディライトは、あたしの知っているのとは別人のように見えた。 「ところで…どうしてこの子までいるの?」 目であたしを指し、ため息をついたディライトが続けようとして。 ディライトの後ろ。ヒートの左手。あたしの正面。 突然。本当に何の前触れもなく、姿が現れた。 それは先ほどまでディライトと戦い、敗れたはずの相手。鞭使いのカーディナルだった。 ゆらりと立ち上がり、まっすぐにこっちを睨みつける。 「ひ…!!」 思わず上がったあたしの小さな悲鳴に、ヒートとディライトがそれに気付いた。 あたしが悲鳴を上げたのは、カーディナルが現れたからだけではなかった。 カーディナルの身体の節々には、彼女自身の限界を示すように、小さなものから大きなものまで様々な亀裂が入っていたのだ。 その亀裂から、サラサラとこぼれ落ちる赤黒い砂。 歩くたびにパキッ、と音が鳴る様は、既に人の域を完全に越えていた。 「今度こそ…あのお方に愛される為に…!」 これを何と表すのか、あたしはまだ知らない。 でも、カーディナルの放つ独特なものに、足がすくんで動けなくなる。 カーディナルはあたし達を睨みつけながら、左手に持っていた鞭を真横に振るった! びゅんっ! あたしはディライトに腕を引かれ、一瞬遅れて後ろにさがる。 足元を叩いたその鞭は、間髪いれずにすくい上げたカーディナルによって、まるで意志を持っているかのように、 驚くほど正確に素早く、あたしの左腕に巻きついた。 「いっ!!」 足を踏ん張っても、強い力で引かれ、徐々に身体がカーディナルに引き寄せられる。 「リタさん!」 ディライトが必死にあたしの手を握るが、滑るように指が交じり――――離れた。 「リタ!!」 思いっきり体勢を崩し、砂浜を転がるように引かれる。 やがて空が見える状態で止まり、仰向けのあたしを見下ろす形で、カーディナルが立っていた。 身体のあちこちが痛い。でも、それを忘れるほど、彼女の瞳は敵意に満ちていた。 「お前にも、同じ苦しみを…」 呟き、不敵に微笑むカーディナル。 何も握られていない彼女の両手が、あたしの左腹を服の上から押し、圧迫する。 何をしようとしているのか、理解できないあたしに、違和感が生まれた。 ぐんッ!! 唐突に包まれる、感じたことのない異様な雰囲気。 妙な胸騒ぎがする。頭が重くなって、世界が回りだし――――身体が全力で危険を知らせている。 熱を帯びる左腹。まるで熱い何かで焼かれてるみたいで、あたしは目を閉じて叫びを上げた。 「いやぁぁぁぁぁ!!」 痛くて、熱くて、涙が滲んでくる。 カーディナルが目を吊り上げて笑う顔が、次の瞬間、驚愕の表情に変わった。 彼女の両手が離れて、やっと痛みから解放されたあたしが見上げると、カーディナルの胸には何かが刺さっていた。 それは、ディライトが持っていた、あの短剣。 蒼く光るその短剣に胸を突かれ、カーディナルは力なくあたしの横に倒れた。 「ああ…アスフォデル様…何故…?私は…あなた様を――――」 ピキィィ!! 言葉を遮るように、顔に大きく入る亀裂。 目を閉じた彼女の身体が、徐々に砂に変化していく。 「アス―――フォデルの――――名の――もとに―――」 搾り出した呟きのような声を最期に、カーディナルは完全に砂塵になり―――風に吹かれ、消えた。 後に残されたのは、彼女の命を奪った、短剣だけ。 既にそれは輝きを失い、何の変哲のないナイフ同様だった。 後ろで2人が駆け寄ってくるのを感じながら、あたしは横になったまま、それに手を伸ばす。 重くはない。不思議とあたしの長棒と同じくらいの重さ。 ぽぅ、と蒼い明かりが灯ったのと同時に、左腹に鈍い痛みが走る。 「リタ!」 ぐっと起こされる身体。 駆けつけたヒートに背中を支えられ、あたしは砂浜に起き上がった。 「大丈夫ですか!?」 「うん…多分。あ、コレ」 返すよ、と短剣を差し出されたディライトの顔が、露骨に変わった。 「ヒート…!ナイフが…」 驚きの表情に、あたしは首をかしげる。 あたしの握った短剣は鈍い蒼い光を放っていて、それを見るヒートの顔も驚きに満ちていた。 「―――悪ィ」 それだけ言うと、ヒートは短剣を受け取り、あたしの服に手を伸ばし―――――って!! 「ちょっと!!何すんの!?」 ぱしぃん! 突然服をめくられ、左腹を日光の下に晒されたあたしは、思いっきりヒートの頬を引っ叩いた。 「痛って…!!」 「バカ!何すんのよ!この変態!ネコミミ!」 「いえ違うんです!リタさん!これには理由があって――――」 「ディライトも見たの!?最ッ低!!理由があったっていきなり覗く!?」 むぅ、と怒るあたしに、ヒートが慌てて付け足した。 「き…傷の手当てだよ!誰が喜んでてめぇの―――」 「うるさいな!!バカ!!!」 静かな砂浜に、あたしの声が響く。 こうして、あたし達は何とか命を取り留めた。 この時、2人がいち早くあたしの異変に気がついてなかったら、それはそれで違った終わりがあったのだと、今でも思う。 深紅
20090607 |