Leyenda      

 ちゅんちゅん。
 鳥のさえずりが響き渡り、あたしは朝食を終えると、うんと伸びをした。
 昨日、不思議な2人組に出会った。
良い人なのか、悪い人なのか、よくわからない。
 ――耳つけてるし――
 そういやあの耳、ヒートだけじゃなくてディライトも付けてるのかな…?
いや…つけてたくてつけてるんじゃないとか言ってたし…
 何故か伝承を求めてる2人は、昨晩はとうとう店に来なかった。
 ――うーん…やっぱりよくわかんないや――
 食器を片付けると、既に店に出ているおとーさんの手伝いに1階へ向かう。
日差しのいっぱい入る階段。今日も晴れたと自然に笑みになる。
 ――さぁて…お仕事だ!―――
「おはよー!おとーさん」
 たん、とお店に足を踏み入れ、おとーさんに声をかけると。
「社長出勤たぁこのことだな。お嬢サマ」
 おとーさんの声ではない。それはすぐ左手から。
スゴイ速さで左を向くと、レジのイスに座り、ポケットに手を突っ込む男の姿。
他の誰でもない。ヒートだった。
「何であんたがここに!?」
 思わずツッコんだあたしに、ヒートはやや呆れて言った。
「…来いって言ったのはてめぇだろ」
「そーだけど…こんな朝早く来るとは…」
「おはようございます」
 掛かった声に正面を向けば、ちゃっかり商品の陳列をするディライト。
「いや何やってんの!?」
「あ、お手伝いを」
 慌てるあたしに、ディライトはのんびりと答えた。
 ――お手伝いって…――
「やんなくて良いから!それあたしの仕事だから!!」
――何なのこの2人…?――
 不審がるあたしに、待っていた声が聞こえた。
「朝から元気だな。リタは」
「おとーさん!」
 今しがた店の入口から入って来たおとーさんは、ヒートとディライトの存在を全然気にしていない。
――え…どーいうこと?――
 1人でパニくるあたしに、おとーさんは朗らかに言った。
「お前、昨日この2人に、走って追いかけてお釣り渡したんだってな。
そのお礼で、1週間店の手伝いをしてくれることになったんだ」
 間違ってはいないけど…何かイイ感じに捏造してあるし…!
「へぇ…そ…そーなんだ…」
 なるべく平然を装って返すと、あたしはおとーさんが再び店の外へ納品を取りに行ったのを見計らい、
ばたんとドアを閉める。
 そんなあたしを見て、ディライトが苦笑していった。
「ジンさん、入ってこれなくなっちゃいますよ」
 ちなみに、ジンとはおとーさんの名前である。
「あとであたしが開けるよ。それより…何してんの?仕事は?」
「仕事っつーかバイトだけど…ウエイターは夕方から。何時間働かせる気だよ」
 ――くはぁー…――
 ヒートのケンカ腰に近いツッコミに、あたしは腹を立てることなく、息を長く吐いた。
「夕方からはバイト。それまで無償で店の手伝い。
…つまりあんたたち、120%良い人で通ってるのね…?」
 本当は万引きしようとしたクセに。
ジッとヒートを睨みつけると、彼はうるせぇ、とそっぽを向いてしまった。
 そんな彼とは裏腹に、ディライトはあたしに説明してくれた。
「…償いをしたいんです。それから、お礼ですね」
「お礼?」
 償いというのは分かる。
万引き未遂に対する償いだろう。しかし、お礼とは?
「サーガのお礼です。バイトがなければ、昨日で済むはずの話でしたし」
 ――そういえば…伝承聞きに来たんだっけ――
 いきなり店番やっていたから忘れていたが、この2人はあたしに話を聞きに来たのだ。
「それくらい気にしないでよ。ここ暇なの。あたしも、2人が来てくれて嬉しいし」
 明るく笑って、あたしは伝承の話をしようとして。
カツカツ、と窓ガラスが震える音。
それに3人で振り向くと、そこには外で閉め出しをくらっていたおとーさんの姿。
――あ…忘れてた…――
 両腕に抱えた荷物のせいで、1人でドアを開けることができないらしい。
ちらりと時計を確認して、あたしはドアに手を伸ばしながら言った。
「もう少し待って。あと10分で店は開くんだけど… 30分くらいしたら、おとーさん配達に行っちゃうから」
 その時にね、と付け加え、あたしはおとーさんが待つドアを開けた。


 案の定、おとーさんは20分そこらで配達に行き、店に残ったのはあたし、ヒート、ディライトの3人。
この時を待っていたあたし達は、店に客がいないことを確認しながら、伝承の話をしていた。


「…確か…ずっと前、この島が繁栄し出した時の話」
 幼い頃に聞いたおとぎ話を、カウンター内に置いてあるイスに座りながら紡ぐあたし。
さっきまでそのイスに座っていたヒートは、同じくカウンターに入り、机に寄りかかっていた。
 ディライトはというと、よほど気に入ったのか、商品の陳列をしながら耳を傾けていた。
「シャンデは360度を海に囲まれた島国。至るところに砂浜や海岸があるんだけど…」
 いわゆる地理学。あたしはあんまり得意ではなかったが、ここらへんはわかる。
こくこくと頷く2人を見て、あたしは話を続けた。
「ある大嵐の夜、南の岬に、レースという女の子が迷い込んで行方不明になっちゃった海岸があるの。
シャンデ育ちなら、海の危険性は分かってるはず。それに追い討ちをかけるように、女の子が当時かぶっていた帽子が岩にはまされた状態で見つかった。 どんなに探しても、女の子の死体すら発見されず――――その後、入ったら2度と出て来れなくなる砂浜の一角として、シャンデの人もあんまり立ち寄らない場所になってるの」
「入ったら―――」
「―――2度と出て来れなくなる」
 ヒートの言葉に続くように、ディライトの言葉が重なった。
こくり、と今度はあたしが頷いて、話を進める。
「この話の解釈は人それぞれで…海の神様が怒ったから生贄として連れてったんだって言う人もいれば、
こんなのただの教訓だって思ってる人も多い」
「教訓?」
 オウム返しに言ったヒートの声に小さく頷く。
「嵐の海は危険だから、うかつに近づくんじゃないっていう意味。 あたしも最近までそう思ってたんだケド…」
「けど…ということは、何か遭ったんですか?」
 言葉を切ったあたしに、ディライトが顔をこちらに向けた。
少しためらわれる話。でも、起こってしまったことは仕方ない。
「…今から4年くらい前、伝承と全く同じ事件が起こったの」
「…単なる教訓じゃなかったってことか」
「うん…。嵐の夜に、小さな女の子が砂浜に入るのを目撃した人がいて…
その子の後を追ったんだけど――――海が不思議な色で光ったと思ったら、もう女の子姿はなくなってたって」
 2人はなにやら神妙な面持ちで考え、ふとディライトがあたしに声をかけた。
「今になっても見つかってないんですか?」
「全然ダメみたい。でも当時はすごかったんだよ。捜索隊とかが島の外から来てさ」
「教訓のつもりが実際に起こった…だから他のヤツが言いたがらないか」
 多分ね、と頷く。
ちなみに今では南の海岸は立ち入り禁止になっている。
といっても、木で出来た柵に鍵がかけてあるだけ。
 まぁ、別に警備隊を置かなくても、誰も近づかないとは思うけど…。
「4年前まではレースの伝説って呼ばれてた。まぁ、実話になった伝説?」
 肩をすくめたあたしに、ヒートが声を上げた。
「それこそ本当のサーガ…か…」
 一人呟いて、意味深に考えるヒート。
 ――いや…伝承教えろって言ったのそっちじゃん――
 心の中でツッコみ、あたしは気付いたことを口にした。
「ああ…そうそう。その『サーガ』って言う呼び方、この島じゃやめたほうが良いと思うけど。
結構浮く。異国風すぎるよそれ」
「浮くっててめぇ――――」
「ご忠告、ありがとうございます」
 にこりと笑ったディライトに、ヒートは言葉を飲み込んだ。
 どうもこの2人、ヒートは気性が荒く、ディライトは温厚そうな所から言って正反対の性格らしい。
だが、ヒートのストッパー役となっているのがディライトなのだろう。
その証拠に、ディライトによってヒートの言動が度々止められている。
 ――まぁ…良いパートナーってことか…――
 男同士の友情って、いい気がする。
女の子のベタベタ友情とは違って、特定の一人を信じるっていうか…
 商品を陳列するディライトを見つめ、あたしはそんなことをぼんやりと考えていた。


 この時、彼らが伝承を求めた理由を聞いていれば
あたしは安全で安心で、それでいて暇な毎日が続いていたのだと、未だに思う。




伝説     




20080412