傷つくことは 本当に恐くないのだろうか



間違っていると云えない私は 弱き者なのでしょうか




真実等、所詮 氣休めでしか無い








紫に染まる紅






綺麗に晴れた秋空は雲ひとつ無く、近づきつつある冬を迎えようと、少しずつ葉が色を変える。
紅葉さえその葉を落とし、地は一面の朱色に染まっていた。



「お前に紅葉は似合わない」



さくり、さくりと枯葉となった紅葉の上を歩く度、小さな音がした。前を歩く男は簡素な着流しで、色づいた紅葉と同色の帯と髪が静かに揺れた。



「然様で御座いましょう。わたくしは水無月生まれの故」
「そうか。通りで雨を好むのか」



後を歩く女は小さく返事をした。臙脂色の着物がひどく女を艶やかに見せる。
それはむしろ上品な艶やかさで、女の本当の姿を隠していた。



「そう云えば、初めて会った時も紫陽花に埋もれていたな」
「紫陽花は強き花で御座います。小さき花が寄り添い、ひとつの花を――――」



足を止めた男に気づき、女も同様に足を止めた。



「私に対しても、それ程熱が入ればよかろう」
「御冗談を」



肩越しに振り向く男の言葉を、女はあっさりと流した。



「わたくしは遊女の故、貴方様もご存知のはず。
誰かお一人を選ぶこと等、許されないので御座います」



本当は違う。男は女が本心を隠したのが分かっていた。
だが、それを確かめる術もなければ、女を傷つけるつもりもない。
男の名を呼ぶ声が遠くから聞こえて、女は細く微笑んだ。



「お戻り下さいませ。従者が探しております」
「次は――――何時会える?」
「それは貴方様次第でしょう。本来遊女とは、呼ばれて参るものでは御座いません」
「ならば何故今は」



徐々に夕刻に近づきつつあるのか、空は見る間に色を変えていく。
女は冷たさを帯びた風を感じながら、はっきりと云った。



「貴方様の横には既に一人の女子が居らっしゃる。
わたくしのように育ちも分からぬ者ではなく、桜の似合う、可憐な女子が」



それは違う。女はあの女が同じ廓の出生と知っていた。
桜李と名乗って廓にはびこっていたことも、必ず郭を出て優雅に暮らすのだと密かに目論んでいたことも、 その為にどんなに汚い手をも使って出生を誤魔化したのかも、女は知っていた。
だがそれを今更否定することもしない。本当のことは、ひどく見つけにくい物だ。



「紫陽花は所詮、雨季の花で御座います」



だいぶ近くなった従者の慌ただしい足音に、女は丁寧に一礼をし、男の前を去った。










慕っているとか、傍に居たいというのは戯言でしかない。




遊女の口から出た言葉に、何ひとつとして真実は無い。









20070130